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ほたる
蛍
織田 作之助
「文芸春秋」1944(昭和19)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,875 字 · 21 页
もうすっかり美しい娘になっていたお良は、女中の代りをさせるのではないが坂本さんは大切な人だからという登勢の言葉をきくまでなく、坂本の世話をしたがり、その後西国へ下った坂本がやがてまた寺田屋へふらりと顔を見せるたび、耳の附根まで赧くして喜ぶのは、誰よりもまずお良だった。ある夜お良は真蒼な顔で坂本の部屋から降りてきたので、どうしたのかときくと、坂本さんに怪談を聴かされたという。二十歳にもなってと登勢はわらったが、それから半年たった正月、奉行所の一行が坂本を襲うてきた気配を知ったとたん、裸かのまま浴室からぱっと脱けだして無我夢中で坂本の部屋へ急を知らせた時のお良は、もう怪談に真蒼になった娘とも思えず、そして坂本と夫婦にならねば生きておれないくらいの恥かしさをしのんでいた。それは火のついたようなあの赤児の泣声に似て、はっと固唾をのむばかりの真剣さだったから、登勢は一途にいじらしく、難を伏見の薩摩屋敷にのがれた坂本がやがてお良を娶って長崎へ下る時、あんたはんもしこの娘を不仕合せにおしやしたらあてが怖おっせと、ついぞない強い眼でじっと坂本を見つめた。
けれども、お良と坂本を乗せた三十石の夜船が京橋をはなれて、とまの灯が蘆の落かげを縫うて下るのを見送った時の登勢は、灯が見えなくなると、ふと視線を落して、暗がりの中を