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くも

蜘蛛

甲賀 三郎

「文学時代」1930(昭和5)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,314 字 · 22 页

青空文庫

しかし、予期した通りべつに室内の電燈もつかず、なんのためのスイッチかすこしもわからなかった。

私はすこし疲れをおぼえたので、ちょっと休息するために、部屋の中央の博士の常用の安楽椅子のほこりをはらって、どっかと腰をおろして、煙草に火をつけた。窓外には箒のように空ざまに枯枝をはっている欅の大木をとおして、晴れわたった蒼空がみえて、冬の午後の日ざしが室内までもはいりこんでいた。

煙草のけむりの行方をながめながら、私は博士の生前のことをぼんやり考えていた。博士はどっちかというと陰険な人つきあいのわるい人だった。そのために学問上には相当の功績をあらわしながら、おなじ学者仲間からはむしろ嫌われていた。ことに博士の同僚だった潮見博士は快活な明るい人だったから、辻川博士とはどうしても両立せず、陰気なだけ辻川博士のほうがいつも圧迫されがちで、潮見博士のほうではべつだんなんとも思っていなかっただろうけれども、辻川博士のほうでは潮見博士をよほど快よくおもっていなかったふうがあった。もっとも辻川博士はあくまで陰性で、面とむかって不快の状をあらわすようなことはなかったようだ。