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ちょうのえ
蝶の絵
久生 十蘭
「週刊朝日別冊 記録文学特集号」1949(昭和24)年9月10日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,644 字 · 49 页
「いつか話していた『蝶』というのは、津村のことだったのか」
「そうなんだよ……山川は、その一ヵ月ほど前、パナイ島のナンチケへ転出したが、リーナは山川のあとを追って、ナンチケへ行っていたので助かった……それ以来、山川の配属が変るたびについてまわって、終戦当時は、スマトラで同棲していたんだそうだ」
山川がニューギニアに行っていたというのは嘘なので、終戦後、間もなく復員した。リーナのほうは、山川の愛の誓いを信じ、ジャワの花嫁、百何人かにまじって日本へたどりつき、神戸の田辺の寮をぬけだして、一人で東京へやってきた。山川は、母がどうの、姉がどうのと、煮えきらないことばかりいい、約束を履行しないので、リーナが山川の母に逢いに行ったら、お帰りになるなら、旅費は、当方で負担いたしますと、五千円だしたというのである。
「いまのレートでは、十一弗とすこし……それで、どこへ帰れというのか知らないが、リーナ君は、帰るにも帰れないような事情になっている。ネグロス島では、日本人一般に、和ぎえない怨恨を持っていて、親日的な傾向のあるものは、誰によらず、射ち殺してしまうんだそうだ……リーナ君は、国も郷里も捨てて、山川に殉じたわけなんだが、これはもう明白な裏切なんだから、帰ったら命がない。