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ちょうのえ
蝶の絵
久生 十蘭
「週刊朝日別冊 記録文学特集号」1949(昭和24)年9月10日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,644 字 · 49 页
日本の文化史が、かならず一頁を割く、権威あるクリスチャンの家族が、ただ一人の嫡男を育てたいばかりに、土俗の迷信にすがって、花世という女の名をつけた血迷いかたでも知れるが、山川花世は、母と二人の姉の犠牲と奉仕によって、辛うじて人並な発育をとげた。
そのため、上の姉の常子は、とうとう婚期を逸してしまったが、生れ落ちてから三十歳まで、山川の日常はサナトリウムさながらの生活で、生水は飲まず、外でものを食べない。よんどころないパァティなどには、姉の一人が、魔法瓶に蒸溜水を詰めてついて行くので有名だった。
学習院の女子部の先生になってからも、嫌なこと、むずかしいことは、みな母や姉がひきうけてやってしまい、山川は家庭と女達の蔭に隠れ、自分の流儀で、したいことをしていた。顔ひとつ洗うにしても、歯磨はデュマレの「コールゲート」の半煉、石鹸はモリヌウの「ヴェルゥ」ときまっていて、それらが東京で手に入らぬときは、姉がわざわざ神戸のクーン・アンド・コモルまで買いに行った。
軍教など思いもよらない。短期現役の勤務期間は、縁戚の軍医監へ手をまわして、病棟で本を読んで暮し、一日も実務につかずに予備少尉に任官するという特例をつくった。