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こわく

蠱惑

豊島 与志雄

「新思潮」1914(大正3)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,765 字 · 28 页

青空文庫

兎に角彼奴は私に対して潜越なんだ。私は苛ら苛らしてきた。それで女中を呼んで、チョコレートをくれと大きい声で怒鳴りつけてやった。その時私は紙巻煙草を吸っていた。落ちつかない心地で続けて二本目のに火をつけた。その時その煙がふうわりと彼の方へ流れて、細かい灰が彼の方へ飛んだ。それでふと彼の方に眼をやると、彼は闇の影のようにぽかんと其処に涙ぐんでいる。そして小さい穴が、真暗い穴があいて何処かへ続いている。その中へすーっと眼に見えないものが入ってゆく。その時悠然と彼は立ち上って、そして茫然としている私を残して音もなく出て行ってしまった。私の上に大きい憂欝が次第に濃くかぶさって来た。私はその時非常に荒廃した孤独の感慨に打たれた。

何処からかひそひそと私に囁く声がした。その声が室の中一杯に大きく拡がってゆこうとしている。私はたまらなくなって其処を飛び出した。

――妙な日が続いた。私の頭から何処かへ飛び去ったものがある。そしてその後へ別なものが入って来た。それは私の知らないものなんだ。それが私を強い力で囚えてしまった。私は屹度火曜と金曜との晩にカフェーに行った。