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こわく
蠱惑
豊島 与志雄
「新思潮」1914(大正3)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,765 字 · 28 页
自分の生きた皮を一枚一枚剥いでゆく強暴な動物を見るような眼で、私は只じっと喰い入るように彼を見つめてやった。
――彼は其処から出てゆく時に、先ず扉を内方へ引く。そして身体を前の方へまげて屹度外面を覗くのだった。私はその姿を見る時何時も堪えられないような恐怖を感じた。
然しある風の強い晩だった。私はそっと懐中時計を取り出した。その晩は風の音にまぎれて時計の声も彼には聞えないだろうと思ったからだ。彼はその時七秒間外をじっと窺っていた。そして真直に立ち直って大股に出て行った。
それから度々私はその時間を測定してみた。五秒から八秒にきまっていた。私はその時間と彼の心臓の鼓動とから何かを発見しようと努力した。然し彼は殆んどその心臓の存在をさえ私に知らさなかった。
私はなおこの五秒と八秒とについて深く信じていた。そして其処から彼の心のうちに忍び込んでやろうと思った。それを彼が察したのだ。そして私を裏切ったのだ。
或る晩私が彼より先に其処を出ようとした時のことだ。私は勘定に女中を呼ぶために紅茶の匙で卓子をこつこつと叩いた。その時すぐに女中が返事をしなかったので、私はまたこつこつとやった。