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ちまんだらしちょうぶし
血曼陀羅紙帳武士
国枝 史郎
「冨士」講談社 1939(昭和14)年9月~12月中絶、「血煙天明陣」桃源社 1970(昭和45)年に付載して完結公刊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,970 字 · 176 页
彼にとって道了塚は、罪悪の巣であり仕事の拠点であり悲惨惨酷の思い出の形見であった。彼は眼を上げて塚を見上げた。二十年もの年月を経ておりながら、この自然物は昔とほとんど変化がなかった。岩は昔ながらの形に畳み上げられてあり、苔も昔ながらの色にむしており、南無妙法蓮華経と彫刻まれてある碑も、昔ながらの位置に立っていた。その碑面が春陽を受けて、鉛色に光っているのも昔と同じであった。
彼は懐かしさにしばらく恍惚となり体の苦痛を忘れた。しかし彼は、すぐに、碑に体をもたせかけ、手に抜き身を持った老人が、放心でもしたように、茫然と、塚の頂きに坐っているのを認め、驚き、尚よく見た。
「あッ」と典膳は思わず声を上げた。
それは、その老人が、昔の頭、――二人あった浪人組の頭の一人の、有賀又兵衛であったからである。
「オ、お頭アーッ」
と、典膳は悲鳴に似たような声で呼びかけた。
「有賀又兵衛殿オーッ」
――有賀又兵衛……現在の名、飯塚薪左衛門は、昔の、浪人組の頭目だった頃の名を呼ばれ、愕然とし、毛をられた鶏のような首を延ばし、声の来た方を見た。
彼の眼に見えたものは、塚の裾に、塚の岩組から、栓かのように横へはみ出している小岩、それに取り縋っている全身血だらけの武士の姿であった。