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ちまんだらしちょうぶし
血曼陀羅紙帳武士
国枝 史郎
「冨士」講談社 1939(昭和14)年9月~12月中絶、「血煙天明陣」桃源社 1970(昭和45)年に付載して完結公刊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,970 字 · 176 页
栞の眼に涙が溢れていた。しかしその涙は、さっき、父親や、自分の家の不幸のために泣いた涙とは違い、歓喜と希望と愛情とに充ちた涙であった。栞の頬は夜眼にも著く赤味注していた。頼母は、何が栞をそうまで感動させたのか解らなかった。手と手と触れ合ったことなど、彼は、気がつかなかったほどである。それほど彼は無邪気なのであった。しかし、栞の感動が、自分を愛してのそれであるということは直覚された。このことが今度は彼を感動させた。
(この娘がわしを!)
その娘は、自分にとっては命の恩人と云えた。この娘の介抱がなかったら、自分は今朝死んでいたかもしれない!
(この娘がわしを!)
頼母の心へ感謝の念が、新たに強く湧き、それと一緒に、愛情がヒタヒタと寄せて来るのを覚えた。
立ち尽くし、見詰め合っている二人の頭上には、練り絹に包まれたような朧ろの月がかかってい、その下辺を、帰雁の一連が通っていた。花吹雪が、二人の身を巡った。
「勘兵衛!」と、不意に老人が叫んだ。「天国の剣を奪ったのも汝の筈じゃ! それをこの身に!」
(天国?)と、頼母は、ヒヤリとし、恍惚の境いから醒めた。
(この老人も、天国のことを云う!)