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ちまんだらしちょうぶし

血曼陀羅紙帳武士

国枝 史郎

「冨士」講談社 1939(昭和14)年9月~12月中絶、「血煙天明陣」桃源社 1970(昭和45)年に付載して完結公刊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,970 字 · 176 页

青空文庫

怨恨上と下

最初、紙帳の舞い上がった地面に、一人の女が仆れていた。お浦であった。水色の布を腰に纒っているばかりの彼女は、水から上がった人魚のようであった。

彼女は疲労れ果てていた。左門によって気絶させられたところ、頼母に踏まれて正気づいた、そこで彼女は夢中で遁がれようとした。が、彼女を蔽うている紙帳が、彼女にまつわり、中から出ることが出来なかった。冷静に考えて、行動したならば、紙帳から脱出すことなど、何んでもなかったのであろうが、次から次と――部屋の間違い、気絶、斬り合いの叫喚、次から次と起こって来た事件のため、さすがの彼女も心を顛倒させていた。そのため、紙帳を冠ったまま、無二無三に逃げ廻ったのである。体をもがくにつれて、帯や衣裳は脱げて落ちた。

藻屑のように振り乱した髪を背に懸け、長い頸を延びるだけ延ばし、円い肩から、豊かな背の肉を、弓形にくねらせ、片頬を地面へくっ付けたまま、今にも呼吸が切れそうなほどにも、烈しく喘いでいるのであった。

(咽喉が乾く! 水が飲みたい!)

彼女はこればかりを思っていた。

(川があるらしい、水の音がする)

この時までも、小脇に抱いていた天国の刀箱を、依然小脇に抱いたままで、彼女は川縁の方へ這って行った。