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ちまんだらしちょうぶし
血曼陀羅紙帳武士
国枝 史郎
「冨士」講談社 1939(昭和14)年9月~12月中絶、「血煙天明陣」桃源社 1970(昭和45)年に付載して完結公刊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,970 字 · 176 页
が、柔らかい紐のように付いていた。ことごとく春酣の景色であった。
「おや」と呟いて、栞は、堰の縁へ、赤緒の草履の足を止めた。水面に、水藻をまとい、目高の群に囲まれながら、天国と箱書きのある刀箱が、浮いていたからである。
名刀天国
(天国といえば、気を狂わせておられるお父様が、狂気の中でも、何彼と仰せられておられた名剣の筈だが……)
それが、こんな堰に浮いているとは不思議だと、栞は、しばらく刀箱を見ていたが、やがて蹲むと、刀箱を引き上げた。箱からしたたるビードロのような滴を切り、彼女は、両手で刀箱を支え、じっと見入った。ゆかしい古代紫の絹の打ち紐で、箱は結えられていた。箱は、柾の細かい、桐の老木で作ったものであり、天国と書かれた書体も、墨色も、古く雅ていた。
(ともかくもお父様へお目にかけて……)
その裾の辺りへ去年の枯れ草を茂らせ、ところどころ壁土を落とした築地。鋲は錆び、瓦は破損み、久しく開けないために、扉に干割れの見える大門。――こういうものに囲まれた彼女の屋敷は、廃屋の見本のようなものであったが、栞は、その大門の横の潜門をくぐって屋敷の中へはいって行った。