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まちのにそうのはなし
街の尼僧の話
岡本 かの子
「婦女界」1932(昭和7)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,445 字 · 5 页
「あなた助り度いか?」と兵士のなかの一番上官らしいのがフランス語で云って、ぶしつけにお姫様のお傍へ進んで参りました。「あなた助り度いか?」とまだ黙ってお居でになるお姫様に押しつけて申しました。お姫様はそれでも黙ってピアノを正面に視つめて坐ったなりでいらっしゃるので、いらいらした上官が何と無惨にも、門口でお倒れになった伯父御様の死骸をお部屋へ運んで、お姫様の目の前に持って来るよう命令いたしたでは御座いませんか。
それは独逸語でしたので私は何が何やらわからず、茫然として居りましたが、独逸語のお判りになるお姫様は、その時始めてすっくと椅子からお立ちになりました。「ばあや、本当か伯父様は……」とお姫様は私に始めて口をおききになりました。私がお返事仕ないうちに上官がまたフランス語で云いました。「そうだ、抵抗なすったからだ!」
伯父御様のお死骸を一目御らんになるや、お姫様のお顔は一層堅く一層澄み切って仕舞いました。そしてやはり一言も仰らずにお傍へ寄って行らっしゃいました。
お死骸の致命傷のお胸はさすがに包んでありましたが、むねんらしく乱れた白髪をかむっていらっしゃるお額を、お姫様はつくづくお撫でになりました。