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まちはふるさと
街はふるさと
「読売新聞 第二六三六七号~第二六五二〇号」1950(昭和25)年5月19日~10月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 193,435 字 · 389 页
それで、子供を生ませて、養育料かなんか、ゆすらせようッてことなの。それがキッピイの発案なのよ。だから、キッピイのツモリじゃア、女の世話じゃなくッて、もうけ口の世話のツモリだったんでしょうね。とにかく悪党よ。いいとこ、一つもない奴ねえ」
ルミ子はキッピイやエンゼルの悪党ぶりには驚かなかった。そんな奴は、どこかにタクサンいるものだ。わけが分らないのは、記代子という娘であった。ポッと出の田舎娘じゃあるまいし、その馬鹿ッぷりに見当がつけかねるのだ。
七
人間はいつも何かにためされているような気がするとルミ子は思った。
放二のような稀有な人が、せつ子だの記代子のような女とばかり交渉をもつということがその証しだが、人間万事、そんなものでもあるらしい。
両々その処をうるというのは愚人の夢か諦めである。不均衡、不安定、ガサツなのが人間関係の定めであろう。それに対処することによって、いつも何かにためされているのが人間だ。
利巧だけがためされているわけではない。バカはバカなりにためされている。自分の位置や身の程を知らないから、バカは得だという理窟もない。