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まち

街

宮本 百合子

「女性」1927(昭和2)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,689 字 · 37 页

青空文庫

ジェルテルスキーは、戸棚からギターを出し一つ一つの響きを貪欲にたのしみながら調子を合わせ始めた。間に、エーゴルは妻に向って呟いた。

「あとの責任は私の知ったことじゃないぞ」

マリーナが、夫の意味を諒解して、はっとする間もなく、

「さ一つ『雪の野はただ一面』」

雪の野はただ一面白い……白い

灰色の遠い空の下まで。

――灰色の遠い空の下まで……

ボロン、ボロン、ギターの音の裡から、身震いするように悲しげなマンドリンの旋律が、安葡萄酒と石油ストウブの匂いとで暖められた狭い室内を流れた。

私はきのう窓から見た

一人の旅人が、黒く行く姿を

足跡が深く雪に遺るのを……

階下の六畳では、行火に当りながらせきがその音楽を聴いていた。うめはもう寝ている。厠へ通う人に覗かれないように、部屋の二方へ幕を張り廻してあった。継ぎはぎな幕の上に半分だけある大きな熨斗や、賛江と染め出された字が、十燭の電燈に照らされている。げんのしょうこを煎じた日向くさいような匂がその辺に漂っていた。

長く引っぱって呻くように唄う言葉は分らないが、震えながら身を揉むようなマンドリンの音と、愁わしげに優しい低い音で絡み合うギターの響は、せきの凋びた胸にも一種の心持をかき立てるようであった。