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まち

街

宮本 百合子

「女性」1927(昭和2)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,689 字 · 37 页

青空文庫

下町の人間らしい音曲ずきから暫く耳を傾けていたせきは、軈て、顔を顰めながら、艶も抜けたニッケルの簪で自棄に半白の結び髪の根を掻いた。

「全くやんなっちゃうねえ」

思案に暮れた独言に、この夜中で応えるのは、死んだ嫁が清元のさらいで貰った引き幕の片破ればかりだ。

「全くやんなっちゃう」

今日風呂へ行くと、八百友の女房が来ていた。世間話の末、

「おばさんところの異人さん、いつお産です? なかなかこれで二階をお貸しなさるのもお世話ですねえ」

そう云われた時、せきは自分の耳を信じられなかった。

「え?」

「あの様子じゃいずれ近々お目出度でしょうねえ。――でも西洋人の赤坊、キューピーさんみたいで可愛いそうだから、おばさん却ってお慰みかもしれませんよ」

せきは、自分の迂闊さに呆れて、そこそこに湯をきり上げて来た。間借人に対してはいつもあれ程要心深い自分がどうしてそれに目をつけなかっただろう。日本服さえ着ていたら、どんなに隠したって見破ってやれたのに! せきは、異人の女のあの大きな白い体と、異人臭さ、手を洗わない事等を思うと、お産が、人間並みのお産で済まなそうに厭わしかった。