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うらぎり
裏切り
「新潮 第五一巻第九号」1954(昭和29)年9月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,343 字 · 70 页
あげくに彼は突然呟きました。
「小夜子サン、セラダのものになるな」
また口走りました。
「セラダの奴、小夜子サンをきッとものにすると思うな」
むろん小夜子サンのいない時を見はからって云ったのです。二度目の呟きが前のよりも確信的な云い方になったのは、彼自身がむしろそれを望んでいない証拠だったかも知れませんが、するとその時ギックリと鎌首をたてて日野をジッと見つめたのがそれまで熱心に料理中のトオサンだったものですから、これには日野がギクッとおどろく番だったようです。彼はこのとき、はじめてトオサンの悲しい恋心を知り得たかと思います。奴は慌てて帳場へ去りました。
こういうわけで、法本がせっかく一席もうけた商談は全然役立たずです。なぜなら、セラダは約束をまもらず、万事をホーテキして日となく夜となく毎日毎日小夜子サンのもとにつめきりと相なったからです。
事態は急速に進展しました。そしてたちまちのうちに例の熱海心中と相なったのですが、これの前に書きもらしてはならぬ重大な出来事があったのです。
小夜子サンは亭主の物理学者との別れるに別れられない関係にヤケを起していたのです。