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うらぎり
裏切り
「新潮 第五一巻第九号」1954(昭和29)年9月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,343 字 · 70 页
それはこれにたまりかねたトオサンが一世一代の沈思黙考のあげく実に突如として愛の告白に及んだことです。洞穴に追いつめられた敗残兵が突如として総攻撃に転じたような悲痛の様が思いやられますが、行われた現象としては必ずしもそうではなくて、素人芝居の中でも一番不出来なのに似ているようなオモムキだったようです。
トオサンはお茶をのみに行こうと云って小夜子サンを誘いだしました。しかし喫茶店で向いあってる間中、どうしても物が云えず、
「どうだい。競輪へ行こうじゃないか」
とグッとオモムキを変えて後楽園の競輪場へ行きました。行った以上は車券も買ってみないわけにいかないので、車券を買いに行きましたが、後楽園競輪で車券を買うには人事の全てをつくすていの活躍が必要なのです。右の人波から腕をひッこぬき左の人波から肩をわり、芋を洗う必死の人波を歩一歩漕ぎわけ押しわけてジワリジワリと窓口に進撃しなければなりません。親知らず子知らずどころか、山賊同士ですらここでは行をともにすることができないという難所で、思いをとげ三枚の車券を握ってこの人波からやっと解放された時には魂がゴッソリぬかれていますから愛の告白なぞできるものではないのです。