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せいこのしじん

西湖の屍人

海野 十三

「新青年」博文館、1932(昭和7)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,487 字 · 39 页

青空文庫

「こっちで騒ぎを大きくしたようなものさ」

「ボラギノール一壜で、君があんなに器用な真似をするとは思わなかった」

「君があの壜を拾ってくれなかったら、この事件は今頃どうなっていたか、しれやしない」帆村は、大きく溜息をついて、そこに脱ぎすててある中国医師の服装の上に目を落とした。

「だが孫火庭が呼びに来てくれるまでは、気が気じゃなかった」

「あの風変りな新聞広告が、きいたのだね」

「ふふ」なにを思いだしたのか、帆村が笑った。久振りに見る彼の笑顔だった。

「漢青年は、うまく脱走したかなァ」

「大抵大丈夫だろう」

帆村は大して心配していない様子だった。

「それにしても、どうして孫火庭は、漢青年に背いたんだ」

「大きな金と名誉とを握らされたんだよ」彼は嘔出すように云った。「中華民国の崩壊をなんとかして支えようという某要人が、孫を買収したのだ。王妖順はその要人の一味だ。もし漢青年が今日のように切迫した時局を知ったなら、彼は立ち処に故山に帰り、揚子江と銭塘口との下流一帯を糾合して、一千年前の呉の王国を興したことだろう。それは中国の心臓を漢青年に握られるようなものだ。だから当分のうち時局の切迫を漢青年に報せずに置くことが、必要だったのだ。