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かいしゃくがくとしゅうじがく

解釈学と修辞学

三木 清

「哲学及び宗教と其歴史(波多野精一先生献呈論文集)」岩波書店、1938(昭和13)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,866 字 · 24 页

青空文庫

しかも修辞学は単に言葉の技術でなくて同時に思考の技術である。プラトンが考えたように修辞学の根柢には論理がなければならず、アリストテレスがいったように修辞学は弁証論の孫である。言葉と思考とはもと一つのものである。思考の真に基づかないようなものは真の修辞学ではない。パスカルは雄弁についていっている、「快適と真とが必要である、しかもこの快適はそれ自身真から取って来られたのでなければならぬ」。真であるためには、ひとは論理的に思考せねばならぬ。しかし修辞学は論理を包む外套のごときものでなく、真の修辞学は言葉の形式と思考の形式との内面的統一に存するとすれば、修辞学的思考は純粋に論理的な思考から概念上区別されることができる。アリストテレスは修辞学の主題は行為であるという極めて重要な見解を述べている。修辞学は物についての思考であるよりも行為についての思考である。言葉は元来社会的な行為に関するものである。物についての思考も社会的に伝えられることを欲する限り、なかんずくそれが人間の行為に関係するものである限り、何らか修辞学的であることを要求されている。修辞学的思考にとって固有な領域は物でなくて行為である。