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にんしきろんとはなにか
認識論とは何か
戸坂 潤
「認識論」戸坂潤、山岸辰蔵、三笠書房、1937(昭和12)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,432 字 · 116 页
さて真実な認識は、客観的な物そのものの性質を、与えられたままに反映することではなくて、却って主観にぞくする直観形式(之は感性にぞくする)、範疇(之は悟性にぞくする)、図式(之は感性と悟性とにぞくする)、などの規則乃至法則によって、主観が自発的に構成するものだ。この認識構成の原則は、経験と共に始まるにも拘らず、経験によって指導されるのではなくて、逆に経験を指導する。だから之は経験的なものではなくて、先天的なものである。だがそれだけではない、之は経験自身が成立するためには不可欠な条件なのである。だから之は単に先天的であるばかりでなく又先験的なものでなくてはならぬ。――かくて真理は、経験に即しながらなお且つ経験を指導しその条件となるという点に於て、先験的なものだ。
認識のこの先験的構成性(カントは勿論認識の典型をニュートンの理論物理学――『自然哲学の数学的原理』――に求める)は、経験論と合理的先天説との総合をよく云い表わしている。つまり真理とは、認識が先験的構成の原則に忠実に従った時に、初めて生じるわけだが、認識構成原則は主観にぞくするにも拘らず、凡ての個人に共通の客観的なものであり、主観は自分自身の内に見出されるこの主観的国際性を有つ構成原則を使って、初めて認識に客観性を与えることが出来る。