轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

にんしきろんとはなにか

認識論とは何か

戸坂 潤

「認識論」戸坂潤、山岸辰蔵、三笠書房、1937(昭和12)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,432 字 · 116 页

青空文庫

カントの客観性である認識の普遍性と必然性とは(之を普遍通用性と呼ぶ習慣になっているが)、必ずしも主観相互観の普遍通用性を意味するには止まらなかったと見る方が、同情ある見方なのだ。

でこう見て来ると、カントによる真理の観念は、一種の明白説と一種の模写説との、総合であったと云うことが出来る。否総合というよりも、この際は寧ろ折衷と云った方がいいかも知れぬ。明白説の特色も模写説の特色も、極めて薄められているのが事実なのだから。

カントの物自体の概念をめぐる模写説の問題は、新カント派の人達によって、全く別な姿の下に、取り上げられた。彼等によれば、模写説は絶対に排撃されねばならぬ。認識の客観性の物的基底であるような物そのものは、極めて独断的な想定だと見做される(なぜそんなものをカントが持ち出したか気が知れないと考える。――処がカントはもっと生きた常識と哲学問題の実際性を心得ていたからだが)。だがそれにも拘らず、認識の客観性の彼岸には、何かプラトン的な(つまり理想主義的観念論に因んだ)客観的なものを想定しないわけには行かない。そこで、之こそ真理自体だと考える。