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にんしきろんとはなにか

認識論とは何か

戸坂 潤

「認識論」戸坂潤、山岸辰蔵、三笠書房、1937(昭和12)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,432 字 · 116 页

青空文庫

歴史的社会的な現実物の連関は、決して経験の柵内を匍匐するものばかりを産み出すのではない。歴史的社会的経験は、みずからを要約し圧縮することによって、その所産を単なる経験以上のものにまで、今後の経験を指導し得る原則的なものにまで高めることが、経験的事実として可能なのだ。事実は権利を産むのである。この産むという関係は事実にぞくする。処が産まれたものは、ただの事実ではなく権利だ。だからと云って権利は事実なのでもないし事実へ解消されるのでもない。権利は権利である。それの権利根拠を他から導くことの出来ないのはカントの云う通りだ。併しカントと雖も権利根拠を実はどこからも導くことは出来ない。権利は権利であって他のものでない限り、之を本当に権利以外から導いて来ることは、経験論者にも先験主義者にも斉しく出来ないことだし(それは自分の帯をつかんで自分を持ち上げようとするに斉しい)、又そんな必要もないのである。必要なのは事実が如何にして権利根拠に立つような権利を事実上産むのか、ということだ。之を説明しようとするのが、唯物論であり、何故かこの説明を恐れるのがカント主義者や理想主義者達なのである。