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にんしきろんとはなにか
認識論とは何か
戸坂 潤
「認識論」戸坂潤、山岸辰蔵、三笠書房、1937(昭和12)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,432 字 · 116 页
観念はそれ自身には方向もないし、意地も張りもない、思想は之に反して云わば意志を有っている。それは意識という主観の大地を蹴って離陸する客観力としての性能を持っている。それが意識にぞくするものと考えられるのは、夫が休止している時だけだ。認識とは以上のようなものだったのである。
先に、文化というものが自主的な価値を持っており、威厳と権威とを有っている云々と云った。処が又他方、文化は社会の物的な生産機構に基く上部機構であるとも云った。文化は社会の物的関係の所産であるというわけであった。では一体なぜ、そういう物的所産が文化というような価値材となることが出来るのか。社会の単なる事実に過ぎない生産機構というような没価値的な没意味なものが、凡そ価値を有ち意味を帯びるなどということは、不可能ではないか。或いは略々同じことに帰するが、現実の必然性なるものが、どうして理想や自由などというものを産み出せるか。理想や自由というものの存することを否定出来ない限り、この唯物論的文化理論、唯物論的認識は、失敗ではないか。同じく、どうやってただの社会機構から道徳などを導き出せるか、等々。