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どくしょほう

読書法

戸坂 潤

在线阅读戸坂 潤《読書法(どくしょほう)》,假名注音日语阅读。JLPT N2,点词查义。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 130,289 字 · 257 页

青空文庫

私は今夜(一九三七年三月)偶然横光利一氏の「科学と哲学」というラジオ講演を耳にしたが、その論旨はとに角として、思想とか科学とかいう言葉が甚だ軽薄な使われ方をしているので、寧ろ心外であった。言葉はどうでもいいように見えるが、言葉のルーズなのや軽薄なのは直ちに物の考え方を誤る恐れがあるし、又それ自身物の考え方のルーズさや軽薄さを意味しさえするだろう。――だがこう云って来ると、直ちに、哲学と文学との連関に這入って来るが、それは後にするとして、とに角哲学は古来思想の科学であったし、現在でもそうなのだ。

自然哲学はでは思想の科学か、と云うかも知れない。だが自然哲学の歴史は、自然を如何に考えるかという問題の解決と共に動いて来たことを忘れてはならぬ(例えばタレスの水から無限定者に来るまで)。形而上学は思想の科学かと云うだろう。所謂形而上学(純正哲学という意味での)は明らかに思想の科学である。例えばベルグソンを見るがよい。世界に就いて物を最も広く深く考える考え方が、ベルグソンなどの形而上学と呼びたいものに他ならぬ。

思想の科学は常に認識理論乃至論理学であった。勿論新カント派の意味する認識論や論理学、又学校論理学の類に局限されたものの謂ではない。