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どくしょへんれき
読書遍歴
三木 清
「文芸」1941(昭和16)年6月~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,120 字 · 72 页
大学を卒業すると同時に私は下鴨から北白川に下宿を変えた。その北白川の下宿に、その頃『改造』の特派員として京都に滞在していた浜本浩氏がよく訪ねて来た。雑誌に原稿を書けということであったらしかったが、私は貧乏をしていたけれども、そのような気持はなく、浜本氏も強いて主張しなかった。原稿を書いて銭にするというような考えは私にはなかったが、これは私ばかりでなく、あの頃の学徒はたいていそうであったので、近頃とは世の中も青年学徒の考え方もよほど違っていた。北白川の下宿に訪ねて来た人で忘れられないのは三土興三――忠造氏の令息――である。三土は非常な秀才で、人間としてもなかなか変っていて、私はその将来の畏るべきことを感じた。その三土が後に大村書店から出た『講座』という雑誌にキェルケゴール論を書いたきりで自殺してしまったのは惜しいことであった。
すでにいったごとく、東京では新しい時代が活発に動いていたが、京都はまだどこかのんびりしたところがあった。ベートーヴェン通をもって任じていた久保氏が来てから、私たちの仲間では音楽を語ることが盛んになった。日高第四郎君なども非常なベートーヴェン崇拝者であった。