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ひょう

豹

山本 周五郎

「アサヒグラフ」1933(昭和8)年9月20日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,656 字 · 14 页

青空文庫

そのほかにもいろいろ複雑な事件が絡み合ったのであろうが、ついにはそのために自分を殺してしまったという。あの生活力の旺盛な、しかし立派な紳士であった兄が――。正三は人間の奥底にひそんでいる情熱の避けがたい力強さをはっきりと身近に感じた。

書物を借出したがそれを披いてみる気力もなく、半日ぼんやり過したあとで図書館を出た正三は、足の向くままに湊川へ出て食事をしたのち、ふらっと映画館へ入った、そして猥雑な映画の動きに眼を放しながら、幾時間かを過して外へ出ると夜だった。

それでもまだ家へ向う気持にならないので、公園の闇を歩き廻ってから山手通りのほうまで行った。するとどうしたわけか、ふいに嫂の声を聞きたいという慾望が、激しく正三の胸をかき乱しはじめた。まるで熱病のようだった、たった今、即座に嫂の眼に触れなければ、そのまま頭が狂ってしまうような気持だった。正三は自動車を呼止めて須磨へ向った。

薔薇屋敷の前で車を下りたときは、さすがに先刻の異常な情熱は冷えかかっていたが、玄関に嫂の顔を見ると、ふたたび挨拶にも舌のもつれるほど、どうにもならぬ愛着が盛返してきて、相手の眼を正視することができなかった。