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あかいかしゃ

赤い貨車

宮本 百合子

「改造」1928(昭和3)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,168 字 · 71 页

青空文庫

「知らない」

「うしろへおいで。ごまかしたって駄目だよ、女市民さん」

「お前ここへ立っといで、いいから」

そう云ったのは、ナースチャの前で本を読んでいた娘であった。

「この人は、はじめっからここにいたんです。わたしが知ってる。罐もある――ごらん」

ナースチャは再び罐を足にはさんで立った。娘も本を読みつづけた。

ナースチャは、向日葵の種を前歯で破って殻を唇の間からほき出しつつ、娘の本をのぞいた。読んでいるページの上に、どこか図書館の紫のゴム印がおしてあった。ナースチャはしばらく眺めていて、きいた。

「面白い、その本」

「うん」

ナースチャは、吐息をつくように云った。

「わたしんとこにはなにもない」

指をページの間にはさんで本をとじ、娘はナースチャを見た。

「なぜ?」

「なぜだかそうなんです」

ナースチャは規則正しく、速く向日葵の種の殻をほき出しつづけた。娘は、石油販売所の入口の群集を見た。

「どうしたんだろう、今日は」

往来を映画の広告車が五台つづいて通った。赤塗のゴム輪の上に、赤坊を抱いた女の顔の大写しと、火事場の焔のなかに働いている消防夫の写真が掲げてある。車を押す男たちは、降る雪にさからって首を下げ、ならんで電車路を横切った。