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あかひげしんりょうたん

赤ひげ診療譚

山本 周五郎

03 むじな長屋

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,416 字 · 53 页

青空文庫

「夕飯をいかがですか」と治兵衛が云った、「ろくなものはありませんが、いまばあさんが支度をしていますから、よろしかったらめしあがって下さい」

登は礼を云って断わり、その長屋を出た。

養生所へ帰ると、ちょうど食堂の終ったときで、森半太夫だけが残ってい、登はその隣りに坐った。板敷に板張りの、がらんとした食堂はすっかり片づいており、もう行燈も二つしかないため、あたりはひっそりと暗かった。当番の給仕はお初という中年の女で、汁は温めてくれたが、焼魚と菜の煮浸しは冷えていた。

半太夫は茶を飲み終って、そこを立ちながら云った。

「あとで私の部屋へ来てくれないか、こっちからいってもいいが、――ちょっと話したいことがあるんだ」

「今日は疲れてるんだ、いそぐのか」

「留守に天野というお嬢さんが訪ねて来たんだ」

登は足をすくわれでもしたような顔で、箸を止めながら半太夫を見た。

「天野のまさをさんという人だ」

半太夫はそう云って、食堂から出ていった。

「またお残しなすったのね」お初が半太夫の膳を片づけに来て云った、「お雪ちゃんのお給仕じゃなければ気にいらないのかしら、あたしが番のときに森先生がきれいに喰べたっていうためしがないんですから」