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ちょうかきんむ
超過勤務
山本 周五郎
「文藝朝日」朝日新聞社、1962(昭和37)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,619 字 · 31 页
円筒をみつけた。
「神よ、忍耐力を与えたまえ」彼は円筒の中から書類の束を振り出し、円筒をパイプに入れて蓋をし、戻しのボタンを押した、「――土曜日の午後四時、もうみんな帰っちまった、残っているのは宿直と夜警と――」
彼は口をつぐんだ。無意識に口から出た言葉が、そっくり繰り返しだということに気づいたらしい。彼はペンを持った手で、自分の口尻をつねった。
「こんどは、バンサン・アレか」
彼は伝票を見て、帳簿のページをめくる、「バンサン・アレ、――と、黒貂のケープ、七、次にミンクのケープ五、五、と、それから銀狐のケープ一ダズン、三、一ダズンと三」
彼はしばらく無言のまま続ける。そのあいだに頭は頭でかってに動きだし、さまざまな空想があらわれたり消えたりするのだろう、記帳を続けながら、顔をぎゅっとしかめたり、にたにた微笑したり、急に頭を振ったり、口の中でなにか呟いたりした。
「ペッティングだって、いやはや」と彼は低い声で云う、「おれなんかぜんぜん知らなかったな、三十二で結婚するまで、女の手さえ握ったことがなかった、まわりには女店員がくさるほどいたっけ、化粧品売場だったかな、堀田きよかという女の子がいて、おれは生まれてはじめて恋をした