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ちょうかきんむ
超過勤務
山本 周五郎
「文藝朝日」朝日新聞社、1962(昭和37)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,619 字 · 31 页
ものだ、――堀田きよか、もう三十四五年もむかしのことだが、いまでもこの名だけは忘れない、顔の小さな、きりっとしまった躯つきで、――その後もあんなきれいな女の子は見たことがなかった、あのころは規則がきびしくて、店員同士の恋愛沙汰は厳重に禁じられていた、うわさをたてられただけでもくびになりかねなかったものだ」
彼のペンは動かなくなった、「おれは二十二か三だったな、あの人恋しさに仕事も手につかず、一日のうち幾たびも、あの人の立っている売場の前をいったり来たりした、あの人がおれのほうを見たりすると、全身がかあーっとして眼がくらむような気がしたっけ、――それでもなにをする勇気もなかった、ほかの者は適当にやっていたんだ、規則がきびしければきびしいほど、それをやぶりたくなるのが人情なんだろう、そのためにくびになった者もあるが、うまくたちまわって結婚したやつも少なくない、やろうと思えばできたんだ、それをおれはやらなかった、死ぬほど恋していながら、話しかけることさえできず、胸のつぶれるようなおもいで、遠くから眺めているだけだった、そうだ、――おれはそのころから欠かさず残業をした、残業手当はうちの家計になくてはならない