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ちょうかきんむ
超過勤務
山本 周五郎
「文藝朝日」朝日新聞社、1962(昭和37)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,619 字 · 31 页
ようであった。
「まあそうむきになるな」と彼は記帳に戻りながら云った、「こういうぐあいに辛抱したからこそ、今日まで無事にやって来られたんじゃないか、三十二で結婚するまで、女の手も握らなかった、無欠勤で、いつも残業をして、かりにも人に憎まれないように、できるだけ腰を低く、眼だたないようにつとめて来た、そしてもう五十五歳、この十一月には停年というところまで漕ぎつけたんだ」
彼の背後にあるデスク、つまり彼自身のデスクで電話のベルが鳴りだした。彼はペンを区切りのところまで動かしてから、ペンを持ったまま立ってゆき、その電話の受話器を取った。
「はあ、こちらはにほん屋百貨店の輸」とまで云って、彼の声が急に変わった、「――次郎じゃないか、いまじぶんなんだ、え、うん、まだ仕事が残ってるからいるよ、どこからかけてるんだ、え、なに、いまどこにいるんだときいてるんだよ、はい、はい、銀座だって、銀座のどこなんだ、きみ一人か、うん、いますよ、まだ一時間くらいはここにいるが、なに、うん、うん、だめですね、ノ・サンキューだ、僕がお金なんか持ってるわけがないじゃないか、毎日かあさんから僕が幾らもらっているか、次郎だって知っているだろう、だめですよ、だめ、それより早くうちへ帰んなさい、そんなところで、――おい次郎、もしもし