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ぐんようそ

軍用鼠

海野 十三

「新青年」博文館、1937(昭和12)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,659 字 · 37 页

青空文庫

少年は梅野十伍の女房に恭々しく敬礼をして、きっとこんな風に云うに違いない。

「ええ、手前は探偵小説専門雑誌『新探偵』編集局の使いの者でございます。御約束のセンセイの原稿を頂きにまいりました、ハイ」

――それを考えると梅野十伍は自分の顔の前で曲馬団の飢えたるライオンにピンク色の裏のついた大きな口をカーッと開かれたような恐怖を感ずるのであった。実に戦慄すべきことではある。

なぜ彼は、原稿用紙の桝目のなかに一字も半画も書けないのであるか。そして毒瓦斯の試験台に採用された囚人のように、意気甚だ銷沈しているのであるか。

これには無論ワケがあった。ワケなくして物事というものは結果が有り得ない。

実はこのごろ梅野十伍にとって何が恐ろしいといって、探偵小説を書くほど恐ろしいことはないのであった。今月彼が一つの探偵小説を発表すれば、この翌月にはその小説が、すくなくとも十ヶ所の批評台の上にのぼらされ、そこでそれぞれ執行人の思い思いの趣味によって、虐殺されなければならなかった。

もしこれが人間虐殺の場合だったら、もっと楽な筈だった。なぜなら人間の生命は一つであるから、一遍刺し殺されればそれで終局であって、その後二度も三度も重ねて殺され直さぬでもよい。