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かるいざわにて

軽井沢にて

正宗 白鳥

「旅人の心」1942(昭和17)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,560 字 · 13 页

青空文庫

実生活に於ては放浪癖のなさ過ぎる私も、空想に於ては、可成りにはげしく放浪しているようであるが、大抵の人間がそうなのかも知れない。「今日、私は空想の中で三つの栖家をもち、そこで等しい歓楽を見出した。私の魂はこんなに素早く旅をするのに、何故私の肉体を強いて、場所を移す必要があろう? そしてまた計画を実行するとは何の事だろう? 計画は、すでにそれ自身で十分な歓びであるのに」と、ボオドレエルは云っているが、それは彼れが傑れた詩人の魂を持っていたためで、詩人でない私は、計画だけで十分な歓びを覚える訳には行かないのである。

私は、この土地の爽かな空気の中を放浪して、ヒマラヤの高原の聖境の味いを七分の一ほど味ったつもりで、自分の借家に帰るのだが、何時も、留守中に、いやな訪問客の来ていないこと、いやな郵便物の来ていないことを希っている。自分の気づいている範囲ででも、気のつかない領域ででも、いやなことが、軽井沢名物の雷のような勢いで、或は、鼠を捉えんとする猫のように、忍び足でやって来そうな恐れがあるのだが、私は、それを一日でも延ばすことを希っている。……私がそういうと、臆病者の言葉らしく聞かれそうだが、これもボオドレエルに劣らない外国の詩人がうまく唄っているのだから、馬鹿にはなるまい。