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きんせいかいじんでん
近世快人伝
夢野 久作
「新青年」1935(昭和10)年4月号~10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 79,469 字 · 157 页
た事である。
これは誠に怪しからぬ事で、今の人には到底考えられない、同時にあまり知られていない大きな事実で、同時に時節柄、御同様まことに不愉快な史実ででもあり得るのであるが、しかしこの史実を認識しないで明治維新の歴史を読んでいると飛んでもない錯覚に陥る事がある。すくなくとも王政維新なる標語を各藩に徹底させるのが、どうして、あんなに骨が折れたのかと不思議の感に打たれるので、黒田藩では特にこうした傾向が甚しかった事が窺われるようである。
そこへ藩公が優柔不断と来ているからたまらない。佐幕派が盛んになると勤王派の全部に腹を切らせる。そのうちに勤王派が盛り返すと今度は佐幕派の全部を誅戮する。そうすると藩士が又、揃いも揃った正直者ばかりで、逃げも隠れもせずにハイハイと腹を切る……といった調子で、最初から一方にきめておけば、どちらかの人物の半分だけは救われたろうに、藩論が変るごとに行き戻りに引っかかってバタバタと死んで行ったのだからたまらない。とうとう黒田藩の眼星しい人物は、殆んど一人も居なくなってしまった。たまたま脱藩して生野の銀山で旗を挙げた平野次郎ぐらいが目っけもの……という情ない状態に陥った。