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きんせいかいじんでん

近世快人伝

夢野 久作

「新青年」1935(昭和10)年4月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 79,469 字 · 157 页

青空文庫

毎日毎晩、今か今かとその時機を待っているうちに或る朝の事、霜の真白い、月の白い営庭の向うの獄舎へ提灯が近付いてゴトゴト人声がし始めたので、素破こそと皆蹶起して正座し、その方向に向って両手を支えた。メソメソと泣出した少年も居た。

そのうちに四五人の人影が固まって向うの獄舎から出て来て広場の真中あたりまで来たと思うと、その中でも武部先生らしい一人がピッタリと立佇まって四方を見まわした。少年連のいる獄舎の位置を心探しにしている様子であったが、忽ち雄獅子の吼えるような颯爽たる声で、天も響けと絶叫した。

「行くぞオォ――オオオ――」

健児社の健児十六名。思わず獄舎の床に平伏して顔を上げ得なかった。オイオイ声を立てて泣出した者も在ったという。

「あれが先生の声の聞き納めじゃったが、今でも骨の髄まで泌み透っていて、忘れようにも忘れられん。あの声は今日まで自分の臓腑の腐り止めになっている。貧乏というものは辛労いもので、妻子が飢え死によるのを見ると気に入らん奴の世話にでもなりとうなるものじゃ。藩閥の犬畜生にでも頭を下げに行かねば遣り切れんようになるものじゃが、そげな時に、あの月と霜に冴え渡った爽快な声を思い出すと、腸がグルグルグルとデングリ返って来る。