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このえないかくのじょうしきせい
近衛内閣の常識性
戸坂 潤
「日本評論」日本評論社、1937(昭和12)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,545 字 · 13 页
ここまで来ると政党としては、声を大きくしてその不満を高唱するだけの内面的緊張感は何としても出て来ない。そこで国民も亦、政治屋達のこの無風状態の下に、依然として近衛内閣に青眼を以て対するのを当然なように感じているような次第だ。近来の内閣の根本的な宿命的な反民衆性、反動性、之は根本的で宿命的であるだけに、之を執拗に追及することに国民は何か飽きが来たようでもある。政治屋(軍人も例外ではない――ないどころではないのだ)に引きまわされることは、もう飽き飽きだという感じである。最後の切札だというのだから我慢する他あるまい。まあ近衛青年内閣あたりで手打ちをしておこう、という虚脱した気持ちさえある。こう云った所が、近衛内閣の案外評判の悪くないという事情なのだろう。
処で、近衛内閣は林内閣と広田内閣との折衷内閣と見られることを思い出さねばならぬ。広田元首相の入閣、馬場元蔵相の入閣と企画庁長官就任交渉、平生※三郎氏への入閣交渉、其の他の極めて皮相な現象だけを見ても、之が林内閣の広田内閣による修正という相貌を呈していることは否定出来ない。内閣の殆んど唯一の使命とも見える国防予算編成方針から云えば、近衛=賀屋内閣は、結城財政の修正であり、馬場財政への復帰であることは、敏感に感受されている処だ。