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ついおく
追憶
宮本 百合子
「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社、1981(昭和56)年12月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,363 字 · 35 页
子供にお噺だと云う感じを一寸も持たせなかった程、真面目に深重な様子であったので、私は彼の言葉のままに世界を作り無花果を食べ、大きな石を積み上げ様とする人民になりすまして居た。
そして、まるで心をその事々に奪われた様になって、枕をかついで、
「あー高くなったねえ、
今度は何か上げ様、
石かえ、
聞えませんよそいじゃあ駄目だ。
等と叫んだり、自分が蛇になって二人の弟のアダムとイブに、
「貴女そりゃあ美味しいのよ、
おあがりなさい。
神様がけちんぼうだから食べるなっておっしゃるのよ。
等と云うので母に心配がらせた事も少くはなかった。私があんまり空想的な想像にばかり心を支配されて居る事を母は案じたのである。
その数多い話の中で一番私を喜ばせもし又自分の何も知らない事を悲しませたのは、ノアの洪水の話であった。
私は生れて一度も大水を見た事はない。
それだのにどうして世界中の滅びる様な洪水を想像出来様。
けれ共、大きな箱舟の中に牛だの馬だの鳩だのと一緒に世界にノアがたった一人決して死なずに、今日も明日もポッカリ、ポッカリと山を越したり海だった所を渡ったりして行クと云う事が、無性に羨しかった。