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ついおく
追憶
宮本 百合子
「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社、1981(昭和56)年12月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,363 字 · 35 页
どんな偉い王様も、獣も皆溺れるのにノアだけ生きて広い世界中を旅行すると云う事は何と云う幸な事であろう。
若しお叔父ちゃんの話す様に神様は偉いなら、お願いさえすればきっと自分もノアにして下さるだろうと云う事を思わない訳には行かなかった。
そうなったら、彼の本と彼のオルガンとお母様、お父様、くんちゃん、みっちゃん、誰と誰を皆連れて行ってあげ様などとさえ思った事があった。
此の時分に私は神様と云う事を度々きかされた。
そして、漠然と神様があるのかもしれないと云う事を感じる様になったけれ共、悪い事をすると好い所へつれて行って下さらないと云う神様と、美味しいお菓子や御飯を下さる神様とは、どっちがほんとうの神様かしらと思い迷うた事が決して一度や二度ではなかった。
その様な風であったから、神様を有難いとしみじみ思う事も出来ず、彼の希望して居ただろう様な、宗教的感化を受ける事は殆どなかったと云ってよい位であった。
けれ共、彼の心の中には、いつとはなしに私を自動的に宗教的な生活を望ませる様に仕度いと云う願いもあった事はかなり確かな事である。
今日まで彼の居なかったと云う事は、私の生涯に意味のある事である。