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ついおく

追憶

宮本 百合子

「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社、1981(昭和56)年12月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,363 字 · 35 页

青空文庫

また彼の死ぬまでの経歴等と云うものも私は云う積りではない。

私は只、私と居た一年足らずの間に私の稚い記憶の裡に生き死にをした彼に――私の愛した叔父に会おうとするのである。

長らく米国に居て宗教の研究をして居た彼は突然何の前知らせもなしに帰朝した。

此の不意の出来事には、彼地で家庭を持ち死ぬまでを暮す積りで居るのだと予想して居た多くの者共を非常に喫驚させた。

「まあよくお帰りになった。

と云う一句は実に種々な意味を以て囁かれたのであった。

彼は只帰り度く成って帰ったと云っては居たけれ共今思えば――それは非常な憶測かも知れないが――只単純にそれ丈の理由であったろうとは思われない。

何故なら彼は暗示を受け得る人であったと云う事を父は屡々話す事が有るからである。

勿論暗示を受けると云う事は宗教家にのみ与えられる特典ではない。

けれ共彼は当時英国に居た私の父の所へ便りをする毎に、「水に入ると必ず危険が起る」と云う暗示を受けたからと云う注意を忘れなかったそうである。

父は唯一人の弟の好意を拒む理由も持たなかったし、又「神を試みる」には年を取り過ぎて居たので云う言葉通りに守って居たと云う事がある。