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とじょうのはんにん

途上の犯人

浜尾 四郎

「犯罪科学」1930(昭和5)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,477 字 · 38 页

青空文庫

ここで、読者は、たった一度会って睨み合ったその男を私が何故そう気にするか、という事を疑われるだろう。実際私も早くそれを云いたいのである。書けさえすればいくらでも書きたいのだ。しかし、いざその男に対する気もちを描写しようとするとどうも自分の筆の拙いのを嘆じないわけにはいかない。

一言に云うとその男は、さきにのべたように、ごく平凡な姿ではある。しかし、何といっていいか妙な妖気がただよっているのだ。

一昨夜市電で見た時はそうでもなかったが、今列車の中でよくよく見て居ると私は蛇におそわれたような気分になって来た。否蜘蛛を見た感じにも似て居た。更に又なめくじにさわったようにも思った。

この蛇と蜘蛛となめくじの混血児のような感じのする男が、私の後方に五尺位を隔てて腰かけて居る、という感じは決していいものではない。この気もちは只想像して貰うより外ない。

私が、どうしても本に身を入れる事が出来なかったのは、そういう次第なのである。

私は、今にも肩越しになめくじのような手が出て来はしまいか、蛇のような首が出て来はしまいか、蜘蛛の足がまきついて来はしまいかと、びくびくして居た。