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とんそう

遁走

葛西 善蔵

「新小説」1918(大正7)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,581 字 · 23 页

青空文庫

原口の出て行った後で、笹川は不機嫌を曝けだした、罵るような調子で私に向ってきた。

私は恐縮してしまった。

「いやけっしてその、そんな風に考えているというわけでもないのだがね……。それでやはり、原口君もいくらか借りてるというわけかね?」

「そうだよ。高はいくらでもないが、今朝までにはきっと持ってくるという約束で持って行った金なんだがね」

彼はますます不機嫌に黙りこんでしまった。私はすっかりてれて、悄げてしまった。

「準備はもうすっかりできたのかね?」と、私は床の間の本箱の側に飾られた黒革のトランクや、革具のついた柳行李や、籐の籠などに眼を遣りながら、言った。

「まあね。がこれでまだ、発つ朝に塩瀬へでも寄って生菓子を少し仕入れて行かなくちゃ……」

壁の衣紋竹には、紫紺がかった派手な色の新調の絽の羽織がかかっている。それが明日の晩着て出る羽織だ。そして幸福な帰郷を飾る羽織だ。私はてれ隠しと羨望の念から、起って行って自分の肩にかけてみたりした。

「色が少しどうもね。……まるで芸者屋のお女将でも着そうな羽織じゃないか」風々主義者の彼も、さすが悪い気持はしないといった顔してこう言った。