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どうけやく

道化役

豊島 与志雄

「中央公論」1934(昭和9)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,093 字 · 42 页

青空文庫

私はその石像の唇を求めた。瞬間に、石像は肉塊になった。その肩の堅さと腕の強さとを私は知った。だが、つぶっていた眼を彼女が薄く開きかけた時、私は身を引いて、卓子の上につっ伏して、こんどはほんとの涙を流した。私は彼女の耳に内臓的な関係までありそうに思えるほど醜いその耳に、足の下にふみにじった気でいるその耳に、唇を押しあてたかったのである。それが出来なかった。彼女に対しても、また自分自身に対しても、そこまでの残忍さは出来なかった。感傷的な涙は止らなかった。

「泣いちゃだめよ。もっともっと、悲しいことがあるかも知れないから……。」

その言葉と、背中に添えられてる手とを、私は煩わしいものに感じた。涙を拭いて身を起すと、彼女の理智的な高慢な鼻が真正面に私の方を向いていた。冷たく澄んだ眼がちらと外らされて宙に据った。頬からは少し血の気が引いて、唇がふるえたが、もう彼女は何も云わなかった。

「許して下さい。」

私はそう云ってまた涙ぐんだが、おかしなことに、胸の底は冷く、その言葉も彼女に届かないで自分に戻ってくる気持だった。

――手記に現われてるこの場面には、少し作為があるようである。