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どうけやく

道化役

豊島 与志雄

「中央公論」1934(昭和9)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,093 字 · 42 页

青空文庫

そしてそれらの些事と同じ調子で次のようなことが簡単に書かれている。彼が事務を投り出して窓から外を眺めていると、社長から呼ばれた。この頃欠勤がちだし、事務もろくに手につかぬらしいが、どうしたのか、と尋ねられた。彼はまじめくさって、考えてることがあるからと答え、職を罷めるか罷めないかは自分の自由だが、罷めさせるか罷めさせないかは社長の自由だと云った。それからは、社長はひどく冷淡になり、彼の方を見向きもしなくなった。また或る時、会社の方へ、古賀に関する債権者がやって来たので、月末には全部始末すると云って、その月末という言葉だけを何度も繰返していると、債権者はそのまま帰って行った。また彼は、すばらしい洋服を一着拵えようと考え、その服地や縞柄から、帽子、ネクタイ、靴などのことまで、こまかく想像してみた。そういうことが、淡々と述べられていて、最後に、調子が一変して、少し以前のことであろうが、社長依田賢造の弟がロンドンの銀行に赴任する折、東京駅で彼が見送人受付係の一人となった時のことが、回想されている。その記述を辿ろう。

名刺受をのせた粗末な小卓の前に立っていると、多くの紳士淑女たちが、名刺を差出して丁寧にお辞儀をしていった。