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どうひょう
道標
豊島 与志雄
――近代説話――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,402 字 · 19 页
「あら……。」
照子はハンカチを差出しました。木原はそれを受取って、ポケットに納めました。
「これは貰っておきますよ。」
泥水まみれの足を運んでゆきますと、四辻になりました。その向うの焼け残りのところに、三浦行男の家はありました。木原は四辻の真中に立ち止りました。
「先に行ってて下さいませんか。私はちょっと、その辺で一杯やって、元気をつけてから参ります。」
照子はちらちら光る眼で、じっと木原を見つめました。
「二人一緒に行っては、なんだか変ですよ。すぐにあとから行きます。」
頬の筋肉が震え、眼に涙が出てくるのを、木原は自ら感じて、そのまま向きを変え、四辻を左へ曲ってゆきました。そこの坂の下のあたりに、酒と小料理の店が幾つかあるのを、彼は知っていました。
彼は坂道をおりかけました。背後に照子のことが意識されました。焦茶のオーバーにきっちり身を固め、肉色のストッキング一枚のすらりとした足でつっ立ち、カールした髪の毛の下に眼鏡と眼眸とを光らして、こちらをじっと見ていることでありましょうか。木原は振り向きたい衝動に駆られました。或は、そこの物影に走りこんで、身をひそめて、窺いたくも思いました。