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どうかんやま

道灌山

宮本 百合子

「婦人」1948(昭和23)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,015 字 · 16 页

青空文庫

下島のおじさん。これは祖父の弟で、子供たちが下島のおじさんというものを知るようになってから、いつも長い八の字髭をはやし、色のさめた黒木綿の羽織を着て頬っぺたがときどきピクピクとつる人だった。自分用の小さい中古の急須と茶のみ茶わんとをひと重ねにして、それを手のひらで上から包むようなもちかたでもって、台所へ出て来た。昔風に南側が二間の高窓になっていた、そのかまちの上に急須と茶わんをのせて、七輪の方へ来てやかんをとり、自分ののむ茶をいれた。茶をいれる間も、下島のおじさんは片手を黒木綿の羽織のなかへ懐手したままだった。

高窓のところによりかかって、溢れそうにいっぱい注いだ茶わんへ顔をもって行って、高い音をたててお茶をすすり、頬をピクリピクリとさせながら、よく面白くなさそうにひとり言を云っていた。その頃四十越したぐらいの年配だったこの下島のおじさんには、男の子がいて、中学生だった。俊ちゃんと云ったその子は、祖母のいた開成山で育っていた。下島のおじさんは明治のはじめ頃、大学の農科を出て大変ドイツ語がよく出来た。ドイツへの留学生を選抜するため農商務省でドイツ語の論文をかかせられ、一等になって、もう旅券が下りるというとき、あれは下島にしては出来すぎだ、兄が論文を書いたのだろうという中傷が加えられた。