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えんぽうのはは

遠方の母

小川 未明

「赤い鳥 第十九卷第六號」1927(昭和2)年12月1日

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 3,382 字 · 7 页

青空文庫

」といって、うちわの中の女の人を指さしたのでした。

正ちゃんは、じっと、その絵にみとれていましたが、

「お母ちゃん。」といって、急に、かわいらしい手で、しっかりとうちわの柄をつかんでしまって、放しませんでした。

その絵の女の人の顔は、あちらを向いているので半分しか描いてありません。けれど若い、しとやかな、美しい姿をしていました。そして、墨絵で書かれた町は、黒く浮き出て、町の屋根を赤く染めて、夕焼けの空が、もの悲しく見えていたのです。

子供の目に、その絵は、どんなふうに映ったでしょうか。それをだれも知る人はありません。しかし正ちゃんは、そのうちわを持つと、じっとその絵に見入っていました。赤い絵の具の色が、水晶のように、清らかに澄んだ、正ちゃんの瞳の中にうつるのでありました。

「坊ちゃんは、このうちわが、大好きですね。」と、女中は、笑いながらいいました。

正ちゃんは、寝起きのいい子でありましたけれど、おりには、不きげんで、泣くこともありました。そんなとき、彼女は、うちわを持ってきて、

「お母ちゃんが、お母ちゃんが……。」といいました。哀れな子供は、ものいわない絵に見入って、泣きやむのがつねでありました。