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いこん

遺恨

坂口 安吾

「娯楽世界 第二巻第五号」銀五書房、1948(昭和23)年5月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,706 字 · 22 页

青空文庫

つまり、昔、先生も記憶にある支那ソバ屋の風景だ。三組の客がいる。奇妙に、みんな女である。一組は女学校をでて間もないような三人づれ、一組は、ダンサアとでもいうような二人づれ。あとの一組は四人づれで、これも女学校を卒業したて、というような年頃だ。みんな各々のテーブルで、支那ソバを食べたり、キャア/\笑いさゞめいたり昔とそっくりで、一向に自粛しているところはない。

戦争前の記憶の風景と同じものに接して、先生は落着いたり、なつかしい思いに打たれたりせず、まったく敵地に至った思い、全然アガッて、意識不明にちかい大混乱におちいった。

ともかく、あいたテーブルにたどりついてこしかける。

すると、キャア/\笑いさゞめいていた三人組の一人がブラリと立ちあがって、先生のテーブルの前に立ち、先生をジッと睨みつけるのである。

先生は声がでなかった。恐怖のために、心臓が止まりかけているのである。必死の勇をこらして、呆然と女を見つめた。

女は怒って叫んだ。

「何を召上るんですか!」

女給だったのである。先生はホッとすると、あとはもう後続する智慧が浮かばず、

「アレ」

と、一言、向うのテーブルで御婦人組の召上りつゝあるものを指さすだけが精一パイであった。