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いこん

遺恨

坂口 安吾

「娯楽世界 第二巻第五号」銀五書房、1948(昭和23)年5月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,706 字 · 22 页

青空文庫

けれども先生がそのツリを受け取るまでは、思いきって振りむくことによって、チップをはずむチャンスはある筈である。そのことに気付くと、振りむく代りに、先生の手はワナ/\ふるえて、お金の方へのびようとする、惜しいのだ。こゝまできては、ふりむかれぬ。この期に及んでオツリの中からチップをとりわけて差出すことは益々もって嘲笑されるばかりであるから、もはやヤケクソの意気ごみでオツリを受け取ってしまうと、とたんに、思わず、

「アリガトウ」

と呟いているではないか。先生は羞しさに失心した。

先生はフラフラと街を泳ぎ、電柱を見れば、電柱に頭を打ち砕いて死にたいと思い、そのくせ夢中に自転車をよけているアサマシサに恥の限りを感じた。

先生は料理店へ帽子を忘れてきたことに気付いたが、もとよりそれを取りに戻ることなどの出来うるものではなかった。

★

先生は大学生がキライであった。然し、大学で生徒にものを教える先生であった。

先生が覚悟をかためて支那ソバ屋の戸口をくゞったのも、もとはと云えば、大学生に対する反感と憎しみのせいなのである。

先生の給料は六百五十円であった。