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じゃしゅうもん

邪宗門

芥川 竜之介

「東京日日新聞」1918(大正7)年10~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,184 字 · 79 页

青空文庫

中にはまた、震旦でも本朝でもない、天竺の涯から来た法師で、昼こそあのように町を歩いているが、夜は墨染の法衣が翼になって、八阪寺の塔の空へ舞上るなどと云う噂もございましたが、元よりそれはとりとめもない、嘘だったのでございましょう。が、さような噂が伝わりましたのも、一応はもっともかと存じられますくらい、この摩利信乃法師の仕業には、いろいろ幻妙な事が多かったのでございます。

十二

と申しますのは、まず第一に摩利信乃法師が、あの怪しげな陀羅尼の力で、瞬く暇に多くの病者を癒した事でございます。盲目が見えましたり、跛が立ちましたり、唖が口をききましたり――一々数え立てますのも、煩わしいくらいでございますが、中でも一番名高かったのは、前の摂津守の悩んでいた人面瘡ででもございましょうか。これは甥を遠矢にかけて、その女房を奪ったとやら申す報から、左の膝頭にその甥の顔をした、不思議な瘡が現われて、昼も夜も骨を刻るような業苦に悩んで居りましたが、あの沙門の加持を受けますと、見る間にその顔が気色を和げて、やがて口とも覚しい所から「南無」と云う声が洩れるや否や、たちまち跡方もなく消え失せたと申すのでございます。