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じゃしゅうもん

邪宗門

芥川 竜之介

「東京日日新聞」1918(大正7)年10~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,184 字 · 79 页

青空文庫

十七

危くつき当りそうになった摩利信乃法師は、咄嗟に身を躱しましたが、なぜかそこに足を止めて、じっと平太夫の姿を見守りました。が、あの老爺はとんとそれに頓着する容子もなく、ただ、二三歩譲っただけで、相不変とぼとぼと寂しい歩みを運んで参ります。さてはさすがの摩利信乃法師も、平太夫の異様な風俗を、不審に思ったものと見えると、こう私の甥は考えましたが、やがてその側まで参りますと、まだ我を忘れたように、道祖の神の祠を後にして、佇んでいる沙門の眼なざしが、いかに天狗の化身とは申しながら、どうも唯事とは思われません。いや、反ってその眼なざしには、いつもの気味の悪い光がなくて、まるで涙ぐんででもいるような、もの優しい潤いが、漂っているのでございます。それが祠の屋根へ枝をのばした、椎の青葉の影を浴びて、あの女菩薩の旗竿を斜に肩へあてながら、しげしげ向うを見送っていた立ち姿の寂しさは、一生の中にたった一度、私の甥にもあの沙門を懐しく思わせたとか申す事でございました。

が、その内に私の甥の足音に驚かされたのでございましょう。摩利信乃法師は夢のさめたように、慌しくこちらを振り向きますと、急に片手を高く挙げて、怪しい九字を切りながら、何か咒文のようなものを口の内に繰返して、々歩きはじめました。