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とかいのゆうき
都会の幽気
豊島 与志雄
「サンデー毎日」1924(大正13)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,559 字 · 21 页
如何なる奥まった壁の面にも、人の眼に見られなかった一片の亀裂もない。吾々の胸に吸われ肌に触れる空気は、幾度か人の胸に吸われ肌に触れたものである。其他この都会の中のあらゆるものが、人間に接触し人間の気を帯びている。そして、劇場や寄席や活動写真館などの中に、むれ臭い濛気がこめると同じように、都会の中にも、人間の息吹きが凝って一つの濛気となり、至る所に立罩めている。而もその濛気の中には、或る時或る瞬間の種々雑多な姿や意欲や匂いなどが、数限りもなく印刻せられる。或る小路の角には、若い男が恋人を待って佇んだだろう。或る暗がりには、盗人が息をこらして潜んだだろう。或る電柱の影には、刑事が非常線を張っただろう。或る軒の下には、病める乞食が一夜を明しただろう。或る街路の舗石の上には、自動車に轢き殺された子供の死体が横たわっただろう。或る尖った石塊には、帰り後れた泥酔の人が躓いただろう。或る静かな裏通りには、若い夫婦が手を取り合って散歩しただろう。或る垣根には、肺を病む老人が血を吐いただろう。或る門口には、恵みを受けた放浪者が感謝の涙に咽んだだろう。或る木影には、糊口に窮した失業者が悲憤の拳を握りしめただろう。